東京への憧れから美容師の道に入り、船橋、原宿、銀座で経験を重ねたのち、縁に導かれるように鶴岡へ。美容室「ambino(アンビーノ)」を開業し、長年にわたり多くのお客様に支持されてきました。現在は2店舗目となる「aidiora(アイディオラ)」を展開し、働いてくれるスタッフの待遇や、美容師一人ひとりが力を発揮できる環境づくりにも力を入れています。これまでの歩みと、店づくりへの思い、そしてこれから描く未来について伺いました。
今回お話を伺って印象に残ったのは、最初から明確な夢を描いて一直線に進んできたというより、その時々の出会いや縁を大切にしながら、自分の道をつくってきたということでした。
「東京に行きたかった」という素朴なきっかけから美容師の道に入り、船橋、原宿、銀座と経験を重ね、そして鶴岡へ。場所が変わってもお客様がついてきてくれたという話からは、長年積み重ねてきた技術だけでなく、人柄や信頼の厚さも感じました。
また、新店舗をつくった理由として「働いてくれるスタッフの待遇を良くしたい」という言葉が出てきたことも印象的でした。自分の店を大きくすることよりも、スタッフ一人ひとりが働きやすく、力を発揮できる環境をつくりたいという考えが、個室という店づくりや新店舗の構想にもつながっています。
華やかな経歴を持ちながら、話しぶりはとても自然体。自分一人の成功ではなく、お客様やスタッフとのつながりを大切にしながら、次の店、次の働き方をつくっていこうとしている姿が印象に残るインタビューでした。
「まずは、美容師を志したところから聞かせてください」
そう尋ねると、少し意外な答えが返ってきました。
「本当のところは、東京に行きたかっただけなんですけど」
最初から美容師になることが夢だったわけではありません。
地元にいた頃は、洋服を買う場所も少なく、都会への憧れが強かった。東京へ出るためのひとつの方法として選んだのが美容学校でした。
学生時代には、友人の髪を自分の部屋で切ることもあったそうです。
「うまい、うまいって言われて、勘違いして。技術があると思って(笑)」
今につながる長い美容師人生の始まりが、そんな少し肩の力の抜けたきっかけだったというのも興味深いところです。
卒業後、美容室に就職。ところが配属先は、思い描いていた東京の華やかな店ではなく、千葉県のデパート内の美容室でした。
「東京に来たはずなのに、ちょっとこれはやりたいことじゃないなって」
違和感を抱えたまま働き続けるのではなく、半年ほどでその店を辞めます。
そこから入った次の美容室で、約10年。
ここで美容師としての土台をつくっていきました。
「ここにいれば、こんな先輩になれるのかなと思って。楽しそうに仕事をしてるし、お客様もたくさんいるし、老若男女に支持されてるのがかっこよかったですね」
この頃から、ただ髪を切るだけではなく、お客様から選ばれ続ける美容師の姿を意識するようになったのだと思います。
スタイリストデビュー後は、モッズ・ヘアの店舗へ。
船橋で多くのお客様を担当するようになり、その後、原宿の新店舗へ。オープニングから店長を任されました。
原宿で4年。
一見すると、順調そのものに見えるキャリアです。
しかし、そこで新たな違和感が生まれます。
「大学生しか来ないんですよね」
若い街・原宿では、お客様の多くが大学生。数年通ってくれても、卒業とともに離れていく。
「2、3年スパンのお客さんをこなすだけが、つらいなと思って」
自分は年齢を重ねていくのに、お客様との関係は数年ごとにリセットされていく。
その頃、銀座で一緒にやらないかという声がかかります。
原宿から銀座へ。
今度こそ、長く腰を据えてやっていこうと思ったそうです。
けれど、そこでも人間関係や店づくりへの考え方に違いが生まれました。
船橋、原宿、銀座。
場所を変えながら進んできた美容師人生。
それでも、ずっと変わらなかったものがありました。
お客様です。
「自分のお客さんって、船橋から原宿、銀座って、ずっとついてきてくれた方なので」
店が変わっても、街が変わっても、追いかけるように通ってくれたお客様がいた。
これを聞いて、「すごいですね」と思わず口にしました。
店ではなく、人についてくる。
それだけの信頼を、この頃から積み上げていたのだと思います。
そして、人生は思いもよらない方向へ動きます。
原宿時代から一緒に働いていた人、その友人、結婚、そして鶴岡。
いくつもの人との縁が重なり、いつの間にか「鶴岡でやる」という選択肢が現れていました。
「本当にゼロベースでしたね」
最初から鶴岡で店を出そうと決めていたわけではありません。
強い計画があったわけでもない。
東京で一人で続けるより、鶴岡で仲間とやるのもいいのではないか。
その程度のところから始まった決断でした。
だからこそ、かえって人生の面白さを感じます。
東京へ行きたくて美容師になった青年が、船橋、原宿、銀座を経て、最後は縁に導かれるように鶴岡へ。
そして鶴岡で、新しい店を始めます。
その店につけた名前が、「アンビーノ」。
店名について尋ねると、
「アンビーノは、ちょっと『バンビーノ』っていう。『バンビーノ』のBを取ったら『アンビーノ』って読めるよなと思って」
と教えてくれました。
「意味はちょっと後付けですね。字面ですね」
と笑います。
名前を考えること自体が好きだという店主。最初から大きな意味を背負わせた名前というより、響きや文字の姿から生まれ、あとから店とともに意味が育っていった名前なのかもしれません。
それもまた、最初からすべてを決めて歩いてきたわけではない店主の人生と、どこか重なるように感じました。
鶴岡でのスタートも、
「一人でも食べていければいいなと思って」
というところからでした。
ところが、ふたを開けてみれば、オープン最初の月には約250人が来店。
東京で培ってきた技術、接客、集客の経験が、鶴岡でもしっかりと受け入れられました。
本人は淡々と、
「何も困らず、ここまで来てしまった」
と話します。
でも、その背景には、何度も場所を変え、何度も環境を変え、そのたびに人との縁とお客様との信頼を積み重ねてきた時間があります。
美容師になることが夢だったわけではない。
ただ東京へ行きたかった。
その一歩が、長い年月を経て、鶴岡で「アンビーノ」という店をつくることにつながった。
そう考えると、この創業には、計画だけでは説明できない縁と偶然の積み重なりがあったのだと感じます。
今回話を聞いていて、一番印象に残ったのは、店主が何度もスタッフのことを中心に話していたことでした。
新しい店舗をつくった理由を尋ねると、
「一番の理由は、一緒に働いてくれるスタッフの待遇をもっとよくしてあげたいっていうことですね」
という答え。
新店を出す理由として普通は「売上を増やしたい」「店舗を拡大したい」という話が先に出るのかと思っていたので、少し驚きました。
アンビーノは席数に限りがあり、スタッフが増えても十分にお客様を担当できない。そこで、もう一つ店をつくることで、美容師一人ひとりがもっと仕事をできる環境を整えようと考えたそうです。
そして、その考え方は店のつくりそのものにも表れています。
新店舗は、周囲の視線を気にせず過ごせる個室型。店主は、
「自分がスタイリストだったら、どういう店で働きたいかなって考えた時に、オーナーのいない個室のお店だったら、とても働きやすいかなって」
と話します。
美容師にとっては、オーナーやほかのスタッフの視線を気にしすぎず、自分の判断でお客様と向き合える。お客様にとっても、隣の席を気にせず、担当美容師と落ち着いて過ごせる空間です。
さらに、親子での来店にも対応できるよう、ひとつの部屋を一緒に使えるつくりにしています。
取材中に店内を見ながら話を聞いていると、単に「個室にした」というだけではなく、美容師とお客様が一対一で向き合いやすいように、店全体のつくりを考えていることが伝わってきました。
デザインというと、色や素材、インテリアに目が行きがちですが、この店の場合は、働き方そのものから逆算して空間をつくっているところが大きな特徴だと思います。
そして、もう一つ印象的だったのが集客についての考え方です。
「集客は会社がやるから。来た人をまず満足して帰ってもらえばいい」
最近では、美容師個人にSNS発信や集客を求める店も少なくありません。
でも、店主は美容師には美容師の仕事に集中してほしいと考えています。
「それは美容師にとってもいいですね」と感じたのは、単に仕事を楽にするということではなく、技術や接客に集中できる環境を会社側がつくるという考えだったからです。
店の強みについて聞くと、特定のメニュー名ではなく、
「スタッフじゃないですかね。自分で店をやれるようなスタッフが揃ってるので」
という答えが返ってきました。
これは、かなり強い言葉だと思います。
店主一人の技術を売りにする店ではなく、一人ひとりが主役になれる美容師が揃っていること自体が、この店の価値なのだと感じました。
話を聞いていて、店主にとって一番大きな喜びは、やはりお客様との関係が長く続いてきたことなのだと感じました。
船橋から原宿へ。
原宿から銀座へ。
店が変わるたびに、普通ならお客様との関係も一度切れてしまいそうです。
ところが、
「自分のお客さんって、船橋から原宿、銀座って、ずっとついてきてくれた方なので」
と店主。
これを聞いた時、私は思わず「すごいですね」と返しました。
美容室は、立地や料金、通いやすさで選ぶ人も多いものです。それでも、店が変わっても、街が変わっても、「この人に切ってもらいたい」と思って通い続けてくれる。
それは美容師にとって、技術だけではなく、人として信頼されている証でもあると思います。
しかも、その関係は東京時代だけでは終わりませんでした。
鶴岡に移ってからも、
「いまだに東京のお客さんが来てくれるんですよ」
と話していました。
何かの用事で東北に来た時、あるいは旅行の途中に、わざわざ鶴岡まで立ち寄ってくれる。
長い年月が経ち、距離も離れているのに、思い出してもらえる。
それは、店主にとってかなり大きなことなのではないでしょうか。
「一回来たことある方が来てくれたりもしてて」
という話からも、単に“昔のお客様が来た”ということではなく、何年経っても関係が途切れずに残っていること自体が嬉しいのだと感じました。
鶴岡で店を始めた時も、決して「絶対にうまくいく」という確信があったわけではありません。
むしろ、
「本当にどうなるかなと思ってて」
「一人でも食べていければいいなと思って」
という気持ちでのスタートでした。
ところが、オープン最初の月には約250人が来店。
東京で積み重ねてきた経験が、知らない土地でも通用した。
これは、単に数字が良かったという話だけではないと思います。
自分が長く続けてきた仕事のやり方や、お客様との向き合い方が、鶴岡でも受け入れられた。
その実感は、大きな自信になったはずです。
さらに、その後も店は続き、スタッフが増え、新しい店舗までつくることができました。
店主は、
「何も困らずここまで来てしまった」
と、どこかさらっと話していました。
でも、その言葉の背景には、たくさんのお客様に支えられてきた時間があります。
船橋で出会ったお客様。
原宿で出会ったお客様。
銀座で出会ったお客様。
そして、鶴岡で出会ったお客様。
場所は変わっても、そのたびに人との関係が積み重なってきた。
それが今の店につながっているのだと思います。
もう一つ、今回の話の中で嬉しい変化だと感じたのが、自分だけでなく、スタッフにも結果が出始めていることです。
新店舗をつくった大きな理由は、スタッフの待遇を上げたいという思いでした。
そして実際に、
「スタッフの待遇は予定通り上げられていると思いますけど」
と話していました。
この言葉も印象的でした。
自分の売上や自分の成功だけではなく、一緒に働く人の待遇が良くなったことを成果として語っている。
美容師としてお客様から支持されること。
経営者としてスタッフの環境を良くすること。
その両方が少しずつ形になってきている。
そこに、店主が長く仕事を続けてきた中で感じる“嬉しさ”があるのではないかと思います。
長く続けてきた仕事の中で、最後に残るのは数字だけではありません。
「この人にお願いしたい」と言ってくれるお客様がいること。
遠く離れても会いに来てくれる人がいること。
一緒に働くスタッフが成長し、その生活まで少し良くなること。
そうした一つ一つが、店主にとって何より嬉しいエピソードなのだと感じました。
東京へ行きたくて美容師になり、船橋、原宿、銀座を経て、縁に導かれるように鶴岡へ。
振り返れば、店主の歩みは、最初からゴールが決まっていたわけではありません。
その時々で目の前に現れた人や仕事、そして新しい環境に挑みながら、次の道を選んできました。
今回の2店舗目も、その延長線上にあります。
「一番の理由は、働いてくれるスタッフの待遇を良くしたいっていうことですね」
既存店では席数に限りがあり、スタッフが増えても十分に力を発揮できない状況がありました。
そこで考えたのが、もう一つ店をつくること。
単に店舗数を増やしたいのではなく、働いてくれる人が、もっと仕事をしやすく、もっと力を発揮できる場所をつくりたいという思いが出発点でした。
そして、その新しい店につけた名前が、「aidiora(アイディオラ)」。
店主は、もともと店の名前を考えることが好きだと話していました。
1号店の「ambino(アンビーノ)」も、「バンビーノ」からBを取ったらアンビーノと読める、という響きや字面から生まれた名前でした。
そして2店舗目の「aidiora」。
「あいでおらー」と、誰かに会いたくなるような場所。
そんな言葉の響きも重ねながら、新しい店の名前が生まれたようです。実際、aidioraは全席個室のつくりで、美容師とお客様が一対一で向き合える空間になっています。
名前を聞いた時、私は、この店が目指しているものがそのまま表れているように感じました。
人に会いたくなる。
美容師に会いたくなる。
またここへ来たくなる。
そんな関係をつくる場所なのだと思います。
新店舗ができたことで、既存店ではスタッフがより多くのお客様を担当できるようになり、働いてくれるスタッフの待遇面でも一定の成果が出始めています。
「まず予定通りではあるんですけど」
そう話す店主の言葉には、ひとつの手応えも感じられます。
ただ、ここで終わりではありません。
「これから、もう少しこっちの集客を増やしていきたい」
今度はaidioraという新しい場所をもっと多くの人に知ってもらい、ここで働く美容師一人ひとりにお客様がつき、その人自身が美容師としてさらに力を伸ばしていく。
そんな店にしていきたいのだと思います。
既存店と新店舗では、お客様の情報も共有しています。
片方の予約がいっぱいなら、もう一方へ。
お客様にとって選択肢が増え、美容師にとっても仕事の可能性が広がる。
2店舗を別々に育てるのではなく、ひとつのチームとして全体で成長していく形を目指しています。
さらに今後は、着付けなどにも対応し、成人式のような人生の節目にも関われる店にしていきたいとのこと。
今回の取材を通して感じたのは、店主が「もっと大きな店にしたい」と考えているわけではないことです。
働いてくれるスタッフの待遇を良くしたい。
一人ひとりの美容師が、自分らしく力を発揮できるようにしたい。
お客様には、もっと利用しやすく、もっと満足してもらいたい。
その積み重ねの先に、店の成長がある。
東京へ行きたかった青年が、美容師になり、たくさんのお客様と出会い、鶴岡で「ambino」をつくりました。
そして今、その夢は「aidiora」へと続いています。
自分一人が活躍する店から、一緒に働く人たちそれぞれが夢を描ける店へ。
次に目指すのは、オーナー一人が輝く場所ではなく、ここで働く美容師一人ひとりが、自分のお客様を持ち、自分の仕事に誇りを持てる場所。
「あいでおらー」と、また誰かに会いたくなる店。
その名前の通り、aidioraからまた新しい出会いと物語が始まっていくのだと思います。