私が小さかった頃、同級生には農家の子どもがたくさんいた。
ある友人は、お父さんからこんなことを言われていた。
「農家は大変だ。朝は早いし仕事はきつい。儲けもあまりない。だからお前には継がせたくない」
また、親戚が集まる席では、
「こっちにいてもいい仕事はない。勉強して東京に出た方がいい」
と言われたこともある
さらに、
「学校の先生か銀行員が安定していていい仕事だから、しっかり勉強しなさい」
という言葉も何度も聞いた。
振り返ってみると、
「庄内は楽しいところだから一生ここで暮らした方がいい」
とか、
「好きな仕事をして生きていくのが一番幸せだ」
と言ってくれる大人はほとんどいなかったように思う。
こうした経験は、決して私だけではなかっただろう。
事実、そのような言葉を聞いて育った子どもたちの多くは、吸い寄せられるように都会へ出ていった。
昭和50年代の庄内は、今よりずっと活気があった。
商店街には人があふれ、お祭りも賑やかだった。
しかし、その時代の主役だった大人たちの本音は、
「ここよりもっといい場所がある」
というものだったのかもしれない。
吉幾三さんの「おら東京さ行ぐだ」は、まさにあの時代を象徴する歌だと思う。
多くの子どもたちは、知らず知らずのうちに
「ここにいてはいけない」
と刷り込まれていた。
楽しくないところにはいたくない。
衰退していく場所には住みたくない。
それは誰だって同じだろう。
だから子どもたちは、大人が望むように都会へ出たり、公務員を目指したりしたのである。
しかし、令和の今、その価値観は大きく変わり始めている。
私たちが求める幸せは、収入や肩書だけではなくなった。
仕事のやりがい。
家族との時間。
趣味の充実。
仲間とのつながり。
心が満たされる暮らし。
そうしたものを大切にする時代になったのである。
私の同世代の友人に、釣りや自転車を趣味にしている人がいる。
彼は美しい庄内の風景をSNSに投稿している。
その理由を聞いたことがある。
「庄内を出ていった人たちに、こんなに楽しく暮らせるよって伝えたいんだ」
彼はそう話してくれた。
e-Townsで毎月コラムを書いてくれている小松馨さんもそうだ。
地域で受け継がれてきた食材や料理を、
「忙しいお母さんでも気軽に作れるようにアレンジして紹介したい」
と言ってくれる。
私の妻も『庄内の美景』というフォトエッセーを3冊発行し、庄内の魅力を再発見してもらう活動を続けている。
山王通りで毎年開催される「おぃやさ祭り」もそうだ。
世代も職業も関係ない。
ただ純粋に踊ることが好きな人たちが集まり、大きな盛り上がりを生み出している。
これらの活動には共通点がある。
それは、
「地域のために頑張ろう」
という義務感から始まっているのではないということだ。
まず、自分自身が楽しんでいるのである。
好きだからやる。
面白いから続ける。
楽しいから仲間が集まる。
そして結果として地域が元気になる。
私はそこに大きな可能性を感じている。
庄内を舞台に、自分の人生を謳歌しようとする人たち。
条件や環境に依存せず、自らの内側から湧き上がるエネルギーで行動する人たち。
そうした人たちこそが、地域を元気にする原動力なのではないだろうか。
私はこうした人たちを見るたびに、
「ここにいてはいけない」
という時代から、
「ここにいたい」
という時代へ変わったのだと感じる。
そして、
「ここにいたい」
と思う大人が増えれば、その空気は必ず若い世代にも伝わる。
若者の定着。
Uターン。
移住。
それらは制度や補助金だけで実現するものではない。
そこに魅力的な暮らしがあるから実現するのである。
私は、若い人が自己実現できる環境を、今のアクティブ世代が少しずつ作り始めていると思う。
しかも、自分たちが楽しみながら。
会議室で議論を重ねる人口減少対策ももちろん大切だ。
しかし私は、それ以上に力を持つものがあると思っている。
それは、自分の人生を楽しんでいる人の姿である。
子どもたちは、大人の後ろ姿を見て育つ。
楽しそうに暮らしている大人が増えれば、
「自分もここで暮らしたい」
と思う若者も増えるだろう。
人口を増やす前に、まず笑顔を増やそう。
それが結果として、地域の未来を明るくする一歩になるのではないだろうか。
さて、地域の現状と進むべき方向が少し見えてきた。
しかし私たちの目の前には、大手チェーンや全国企業という強力なライバルが存在している。
次回からは視点を少し変えて、大手にはできない、地域ならではの商売のあり方について考えてみたい。